江戸時代の水道事情!

2018年4月10日

こんにちは!エフくんです!
江戸東京博物館に行って江戸時代の水道事情を
勉強してきたからそれをみんなにも紹介するよ!

江戸時代から「水道」はあったのね!

今から400年以上前にもあったってすごいよね。
それも現代の仕組みと通ずるところがあってびっくりだったよ!

へぇ、そうなんだ!時代劇だと井戸から
水を汲み取っているのをよく見るよね。

江戸は海が近くて塩分が多かったから、井戸を掘っても
飲料水には適さなかったんだって。
だから川の水を汲めるように水路を通したんだ。
つまりあれは湧水を汲んでいるわけではないんだよ。

これが当時の上水井戸ね。
川の水はどうやって運んでいたの?

今は水道管が地中を通っているよね?
江戸時代も同じように、木樋(モクヒ)という木の管が通っていたんだ。

これが今で言う、水道管ね。
江戸時代も貯水槽みたいな物はあったの?

今で言うアパートの「長屋」では共用の上水井戸が一つあったんだって!
そこを年に1回掃除しながら使っていたそうだよ!

貯水槽の年に1回の清掃と同じだね!
もしかして当時から私たちみたいな業者が掃除を担当していたの?

当時は住民総出で掃除をしていたんだって!
その行事を「井戸さらい」って呼んでいたそうだよ。
参加しない住民は仲間外れにされていたんだとか。

仲間外れ…恐ろしいね!

長屋の住民が共用井戸で洗濯とかをしていた時に世間話をしていた様子が
「井戸端会議」の語源とも言われているからね。
共用井戸を通じてコミュニケーションが生まれていたんだろうね!

じゃあ当時は私たちみたいな仕事をしていた人は
まだいなかったの?

いや、上水の水質管理をする人はいたみたい!
要所要所に見守り番人を置いていて、その人たちが連絡を取り合って
流水量の調節を行ったりゴミを取り除いたりしていたんだって!

じゃあその人たちが私たちの先輩にあたるのかな?
歴史ある仕事だと思うと、なんだか誇らしいなぁ。
水道利用料金っていうのも当時からあったの?

水道料金はね~・・・(なんだっけな?)

水道料金は、武家は知行高(所領地の石高 )に応じて、
町民は町ごとの表間口の幅に応じて払っていたんじゃ!!

ミー博士!!?いつの間に!

当時の支払いは「銀」で、水道料金の支払いの事は
「水銀」(みずぎん)と言っていたんじゃ。

水道管や水道料金の徴収だったり、
江戸時代の水道事情は現代にも活かされているんだね!

そうだね!今回江戸時代の水道事情を学んで、歴史ある日本の
水道をこれからも維持、発展させていきたいと強く思うよ!

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